
アメリカに留学していたという予備校の学生からノートを借りた。
その学校はシュタイナー教育の学校だったらしく、個人的に興味があったので話を聞くうちに
「じゃあノートみせて」、という流れで。
板書をノートに写すのではなくて、まず教科書を自分で作るらしい。
宿題はでなかったが、次の授業までに枠を描いてきなさい、ということはあるらしい。
その枠の描きかたやパステルの使い方にもクラスのなかで流行があって、ひとりが新しいこと
をやり始めると、みんなが真似するらしい。
ヨーゼフボイスの黒板に書くパフォーマンスはシュタイナーの影響を受けてる。
シュタイナーにしろ、ボイスにしろ、なんであんなふうにスラスラと図形を描いて、しかも
色彩として美しくかけるのか不思議だった。
黒板に描くものに芸術作品として成り立つ美しさがある。
このノートをみたら、そこらへんがちょっとスッキリした。
自分自身で理解するために、さらに他人に伝えるために描く。
雰囲気だけ真似しようとしてもダメだったんだ。
ちなみに日本のシュタイナー教育はなんだかアメリカとはちょっと違ってて、やっぱり
「日本人のシュタイナー教育」になってるんだって。アメリカは超自由だったけど、日本のは
ちょっと細かいって。
さいきん思うのは、小学校とか中学校で「デザイン」の授業ってできないかね。
「美術」ってより、「デザイン」の授業。
デザインを予備校や高校で教える時に、まず「形を簡略化する」「色を絞る」ってことがある
んだけど、普通に小中学校で美術をやってると、この概念を理解するのが難しい。
美術の授業では「色はたくさん使いましょう」「たくさん描きましょう」って、自由であれば
あるほど良しとされているから。
美術の授業で強調されているのは芸術的な感性で、伝達するということについてはあまり触れ
られない。
べつに「デザイン」という名称じゃなくていいけど、「伝達」や「伝える」、「プレゼンテー
ション」する必要性ってのは、この先の時代、より大切な気もするんですがね....。
あー、こういうこと考えてると子供になにかを強要させるツマラナイ大人になっていく気がす
る。











